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【育児記録65】2歳3ヶ月になりました&自閉症の疑いありと診断されました

先月、3ヶ月ぶりにNYに帰ってきました。

▲帰国準備で慌ただしいなか、一人マイペースに爆睡する娘

NYに帰ってきてからすぐ、日本からいらした団体客のビジネスツアーを同行取材させていただいたり、いくつか新しい仕事が始まったり、日本にいる間にリスケしまくった娘の病院通いが再開したりと慌ただしい毎日を送っています。

▲3ヶ月ぶりに会ったわらびさんに、「ママ、わらちゃん置いてどこ行ってたニャ」と怒られました(笑)。

そして気づけばNYに戻り1ヶ月ほどが経ち、13日、無事娘が2歳3ヶ月になりました。いつも応援いただき、ありがとうございます。

▲日本にいる間に歩けるようになったので、ドクターもみんなビックリ!

▲帰りの飛行機は2歳になったので、カーシートに乗せてきました

今日も写真中心で近況報告です。

自閉症の疑いありと診断されました

NY帰国翌日、すぐ娘がお世話になっている脳のドクターの診察がありました。とても人気のある先生で、一回逃してしまうと次に予約取れるのが数ヶ月先……と言われてしまうので、ほとんどこの通院に合わせてNY行きの飛行機を取ったようなものです。

▲日本から持ち帰った大量の荷物…

時差ボケで寝不足ということもあり、割と変なテンションのまま診察室に入り、「日本でこんなことした、あんなことした。娘はこんな調子だった」と上機嫌に話す私とは裏腹に、ドクターはなんだかいつもと少し違う雰囲気。

もともとドクターはとても親切な方で、私たちの診察に30分〜1時間程度かけてくれるのですが、今回はもっと慎重な上に笑顔が少なく、何かおかしいと思っていたら、「自閉症の疑いがある」と告げられました。

ドクターいわく、

・他の子どもに関心を示さない
・話さない
・口から食事を摂ることを嫌う
・同じ場所でグルグル回り続けるくせがある
・一人遊びを好む

こうした娘のようすを、「自閉症の可能性がある」と判断したようです。

ただ娘の場合、ハッキリと目が見えていないというトラブルを抱えているので、ドクターもまだ、娘のそれらの様子を「目の障害によるものなのか」「実際に自閉症なのか」最終的な判断はつけられないそうです。3歳になる頃には、もう少し分かるだろうと言われました。

どちらにしても、月齢に対して発育が相当遅れているのは事実なので、今自宅で受けている訪問リハビリの数をうんと増やしましょうとなり、わざわざエージェント用にレターを書いて下さいました。

娘が受けているリハビリは、受ける資格があるか「審査」のようなものを通過しなくてはなりません。それに基づいて内容や回数が決まります。先生はその場で何度も「状況は深刻だ」と繰り返し、後日送られてきたレターにもその旨が書いておりました。

そんなこと言われるとは思わないまま行ったので、突然の話に驚き涙をこらえるので必死でしたが、泣いてドクターに迷惑をかけるのもいやなので、その場は笑顔で乗り切りました。こういう時、英語で会話するというのは緊張感があるので助かります。(日本語だったら泣いていたかもしれません)

一方娘はこんな感じで、診察室のど真ん中で寝てしまうマイペースっぷり(笑)。

この子のこういうところに、何度救われてきたことか。

今は平日の日中は、ほぼ毎日誰かしらリハビリのために家にいる状態で、私自身終日外出できない日々が続いています。

幸い仕事が山積みなので、リハビリとリハビリの間に仕事して、リハビリが終わったらまた仕事して……という感じで、いい意味で気が紛れています。とはいえさすがにちょっと疲れてきましたが、娘が一番疲れていると思うので一緒に頑張っていきたいと思います。

▲リハビリのようす

また1月から2ヶ月ほど日本に帰国予定で、その間にリハビリの間隔が開かないよう、Facebookを通じて情報提供を呼びかけたところ、直接面識のない方からも含めとても多くの情報をいただきました。今それらを精査し、日本に帰ってからどうするか方針を決めているところです。

頂いた情報は改めてブログで紹介する予定です。

もう子どもは産まないと決めました

日本に帰る前、かかっている産婦人科医を変えました。
理由はいろいろとありますが、一番は、産婦人科医と距離を置きたいと思ったことにあります。

その産婦人科医にはNYに来てからずっとお世話になり、妊娠時もずっとかかっていました。出産については、予定日より4ヶ月早くなってしまっため、休暇で海外に行っていた先生は私の出産には間に合わず、急遽別の先生にお世話になりましたが、その頃から先生と私との間にはどことなく噛み合わない感覚がありました。

それでもNYで日本語を話せる産婦人科医は多くないので、そこに通い続けていましたが、ある時私の持病の検査のために娘を連れて病院に行くと、

「あれ、息子さんはどうされたんですか?」と。

まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃でした。

一瞬言葉を失いましたが、涙も怒りもこらえ、「…亡くなりました」とだけ答えると、先生は「しまった」という顔をして、「すみません、そうでしたね…」とだけ言い、さすがに申し訳なく思ったのか、「今日の診察に、乳がんの検診を無料でつけます」と気まずそうにその場を去って行きました。

私は息子を亡くしてからずっと先生の対応に思うところはありましたが、でも怒っても恨んでも息子はかえってこないし、息子も望んでいないだろうとずっと我慢してきました。それに「許せない人がいる」というのは、自分の人生も苦しめます。

だから先生とは距離を置くことに決めました。

幸い、他の病院に信頼できる日本人のドクターを見つけたので、今はそちらにお世話になっています。

その先生は、私が抱えている「多嚢胞性卵巣症候群」という排卵障害は、治療せずに放っておくと、将来的に子宮体がんや糖尿病になるリスクがあると教えてくださいました。この情報も以前の先生は、教えてくれなかったものです。

先生に、「日本にいる間に、もう一人子どもを産みたいか、もう産まないか考えてきて下さい」と言われました。妊娠を希望するか、しないかによって治療方法が変わってくるそうです。

悩みに悩みましたが、私は「産まない」という決断を下しました。

これまでもたくさんの方に、「3人目は?(時々、2人目は?と言われることもありましたが)」と聞かれてきました。
私はその質問を受けるのも、答えるのも、正直苦痛でした。

私には妊娠・出産における、いわゆる”成功体験”がありません。
23週で早産になり、生後13日で愛息子を失い、そして娘も元気になったとはいえ、引き続きいろいろな障害を抱えています。

何度、私が母親じゃなかったら子どもたちは……と考えたか分かりません。でも私自身姉がいてすごく楽しかったし、周りを見ても兄弟がいる家庭はなんて楽しそうなんだろうと、それを羨ましく思ってきました。

それにちゃんと妊娠をやり遂げたいという気持ちもあったので、もう一人頑張ってみようかなと考えたこともありましたが、もし次妊娠してその子の身に何かあったら、自分が正常な精神状態でいられるか、ハッキリ言って自信がありません。

娘もまだまだ手がかかります。だから私は、もう産まないと決めました。

でも決めちゃえば結構気持ちも楽で、自然とそれを受け入れられています。
先週からピルの服用を始めました。これが妊娠を希望しない場合の治療なのだそうです。

ただ私の場合、男性ホルモンが強すぎるらしく、処方された女性ホルモンの少ない低用量ピルでは効かずに不正出血を起こしてしまったので、来週からもう少し強いピルを服用していくことになりました。

もう決めたので、どうか「次の子は?」と聞かないでいただけるとありがたいです! よろしくお願いします!

▲私にはもう一人、手のかかる娘がおりますので^^

(本日のおまけ♡)

去年のハロウィンは日本にいたので、わらびも混ざってはできなかったので、今年は楽しんでみました。あいにく雨がひどくて外出はできなかったのですが…(涙)

私はキャットウーマンに。

娘はミッキーマウスに。

わらびは、バットマンになりました(笑)めちゃくちゃ不満そうですが…(笑)

おしまい♡

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