お菓子研究家・スイーツデザイナーとして、雑誌、テレビ、ウェブ等でのレシピ提案や、撮影用のスイーツ製作などを行ってきた波毛えりささん。以前は専業主婦だった波毛さんが長年好きだったお菓子作りの仕事に就いたきっかけは、たまたま目にした電車の中吊り広告でした。著名な料理教育機関で学びながら、その様子をリポートするという雑誌企画に応募し見事合格。企画終了後も自らの意思で通い続け、プロ資格を取得し卒業後、お菓子研究家として活動を始めました。仕事は軌道に乗るものの、時にはハードスケジュールになりすぎたり、中学生になりゴールの見えない多感な時期に突入した娘さんとの向き合い方に、悩み、落ち込んだりしたこともあったそうです。そうした日々を乗り越えられたのは、どんなときも「うまくいく」と信じる前向きな気持ちと、自分らしさを貫いてきたからだと言います。波毛さんが夢を叶えるまでの道のり、そして仕事と家庭を両立するための「ポジティブな考え方」を教えていただきました。
<Profile>
波毛 えりさ(はけ・えりさ)さん
お菓子研究家・スイーツデザイナー。Web、雑誌等でのレシピ提案やフードコーディネート、百貨店やカルチャーセンター等でのアイシングクッキー、カップケーキのワークショップ開催、ディスプレイ製作など、多岐にわたり活動中。
小学生の頃から
趣味はお菓子作り
—波毛さんがお菓子作りに興味を持ったきっかけを教えてください。
母がよくパンやショートケーキ、チーズケーキなどを作ってくれたので、小さい頃からお菓子作りは身近でした。でも自分で作ることに楽しみを覚えたのは、小学6年生のときです。友だちが一緒にお菓子作りをしようと誘ってくれ、『りんごのサワータルト』を作ったんです。それが驚くほど美味しくて。母が普段作ってくれたのはスタンダードなお菓子が多かったので、お店で出てくるような凝ったお菓子も自分で作れるんだと感動しました。
それからすっかりお菓子作りが趣味になったのですが、当時はまだ量の加減というものが分からず、バレンタインデーにボールいっぱいのチョコレートムースを作って兄を困らせたこともありました(笑)。
—その頃から将来はお菓子作りを仕事にしたいと思っていたんですか?
学生時代は趣味で作っていただけなので、仕事にしたいと考えたことはなかったですね。短大卒業後はOLになり、その時に知り合った夫と23歳の時に結婚。主婦になり25歳で子どもを産みました。でも出産をきっかけに自分のなかで「別の人格」が芽生えて、もっと外に出たいと思うようになったんです。
それまでの私は、自分で選択し道を切り開いていくようなタイプではなく、どちらかというと内向的な性格。でも子どもを産んでから「自分の個」というものを強く意識するようになり、娘が生後半年になったときに思い切って夫に、「お菓子教室に行きたい」と提案しました。
子どもは可愛いし育児そのものは楽しかったんですが、周りの友人が働いていたり、キラキラした生活を楽しんでいたりしているのを見て、「私は母親だけ、育児だけで大丈夫だろうか?」と感じるようになってしまって。母親として、妻としてじゃない部分で何かできないだろうか。それに子どもが大きくなって自立したとき、私はどうなるんだろう? という不安もあり、お菓子作りを習おうと思い立ちました。
でもいくら興味があるとはいえ、お菓子作りを習いにいくのは、仕事のためではなく趣味に過ぎません。生後半年の子どもを置いて行くほどのことだろうか……という迷いもありましたが、幸い夫が、「リフレッシュできるだろうから行っておいでよ!」と賛成してくれたこともあり、一歩を踏み出すことができました。
可愛らしさと華やかさで目を引く波毛さんのアイシングクッキー(仕事を初めてからの作品)
電車の中吊り広告が
運命を変える
—その習い事がきっかけで、仕事にしたいという気持ちが芽生えたんでしょうか?
習い事自体は楽しかったですが、その時は特に、「いつかこれを仕事にしたい」とは思っていませんでした。具体的に仕事にと意識し出したのは、その後何年かしてからです。
ある時電車の中吊り広告で、習い事や資格スクールの情報誌『ケイコとマナブ』(スクール・レッスン総合検索サイト「ケイコとマナブ.net」 )が、英会話、ウェブデザイナー、フランス菓子などのお稽古リポーターを募集していることを知りました。それは6ヶ月間無料で習い事ができる代わりに、誌面でその様子をリポートしていくというものです。
私が気になったフランス菓子講座は、1895年にパリで設立された由緒正しい「ル・コルドン・ブルー」の日本の教室で習い事ができるというものでした。もともとコルドンには興味を持っていましたが、学費は高いし、子どもは小さいし、それに当時コルドンと言えば女性アナウンサーが通うような華やかな世界というイメージがあり、私には遠い存在だと諦めていたんです。でもあと少しで娘が幼稚園に上がるタイミングだったので、心のどこかで本格的にお菓子を学べる機会がほしいと思っている自分もいました。
そんなときに中吊り広告を見かけ大急ぎで本屋に駆け込み雑誌を手に取ると、コルドンの入学時期が、なんと娘の幼稚園入学と同じ翌年の4月だったんです。学校は自宅から近かったので、これは応募だけでもしてみようと、合格者1名という狭き門でしたが受けてみました。
—審査はどういうものだったんでしょうか?
まず書類審査があり、通過するとグループ面接に呼ばれました。一つの部屋に応募者10名程が入り、面接官を務める編集部の皆さんの質問に答えていきます。応募者の中には、「カフェでお菓子作りをしています。」という経験者もいましたが、私には特にそういった実績はなかったので、素直に、「お菓子作りが大好きで、以前からコルドンに憧れていました。お菓子留学にも興味があったんですが、とりあえず結婚しちゃって。」と答えたら大笑いされてしまって……。
ああ、これはダメかもと思っていたら、1週間後に合格通知が届きました。後から面接官に合格理由を聞いたら、「一番お菓子作りが好きだという気持ちが伝わってきた。」と嬉しいコメントをいただきました。
雑誌の企画でル・コルドン・ブルーに通っていた頃
—憧れのコルドンに通われ、どうでしたか?
受講者の皆さんは、将来カフェを開きたいなど明確な夢を持っている方が多く、意識の高さに圧倒されましたが、同時にとても刺激を受けました。
私自身はとてもマイペースな性格なので、いつも一人だけ作り終わるのが遅く、先生から「遅い」と怒られてばかりいましたね(笑)。時間配分というのは将来パティシエを目指すのであれば絶対身につけなければならないスキルなので、先生のおっしゃる意味は理解しつつも、急ぐとどうしても仕上がりがうまくいかなくて。
「技術を学ぶために来たのに、急いでやったら身につかない!」と頑なに自分のペースを貫いていたら、徐々に仕上がりも安定していきました。
企画終了後も通い
プロ資格を取得
—雑誌の企画は半年とおっしゃっていましたが、終了後はどうしたんでしょうか?
せっかくここまで来たし、間を空けたら身につけたものが失われてしまうと思ったのでそのまま通い続けることにしました。夫にも、「この流れは絶対に続けた方がいい!」と説得し、中級コース、上級コースと通い、最終的にはプロ資格を取得しました。
—卒業後はすぐに仕事を?
そうですね、ありがたいことに紹介ベースでどんどん仕事をいただけるようになりました。お菓子研究家という肩書は、名刺を作る必要があったときに人から、「お菓子研究家と名乗っちゃえばいいのよ!」と言われたのがきっかけで付けました。
—それから13年、今では有名ブランドのイベントなどでもお菓子を製作しています。
いいときばかりではなく波はありましたが、色々な方に支えていただきなんとか続けてこられました。
—仕事の幅を広げるためのコツはありますか?
どんどん夢を語ることでしょうか。仕事をしている間に周りの関係者に、「いつかこんなことをしてみたい、あんなことをしてみたい」と自分の夢を口にしていると、実際にそういう案件があったとき、「そういえば波毛さんが、あんなことをしてみたいと言っていたな」と思い出していただけることが多いようです。
—仕事を始めたとき、ご家族はどういう反応でしたか?
元々主婦だったので最初は戸惑いもあったようですが、私が心からお菓子作りを好きだというのは理解してくれていたので、反対はされませんでした。ハードスケジュールに悩まされたときには、「そこまでして頑張ってほしくない」と思われていたようですが……。でも実際には、土日に仕事が入ったら夫が家事を替わってくれるなどとても協力的で、感謝しています。
—仕事をしていて、やりがいを感じる瞬間はどんなときでしょうか?
お菓子作りの仕事には、「食べてもらうもの」「ディスプレイにするもの」とあるんですが、どちらにしても、私が作ったお菓子でその場にいる人たちが笑顔になっているところを見ると、やりがいを感じますね。誰かのことを、ほんのひと時でも幸せにできる。それを仕事にできるって、とても幸せなことだと日々感じています。
教室であれば、その場で作る喜び、食べる喜びだけじゃなく、自宅に持ち帰ってご家族と一緒に食べてもらう喜び、また改めて自宅で作っていただきご家族とお菓子を楽しんでもらう喜びがあります。お菓子によって生徒さんの家庭に笑顔が溢れる。これからも、そういう幸せの連鎖をどんどん作っていきたいです。
波毛さんが手がけたお菓子
未来を心配するより
前向きに過程を楽しむ
—子育てについてお伺いしたいのですが、今お子さんはおいくつですか?
高校3年生で大学受験を控えています。
—大変な時期だと思います。日々お子さんとはどういう風に向き合っていますか?
娘は自分の子どもですけれど別の人格を持っているんだから、「こうあるべき」という私の考え方や生き方を押し付けないように気をつけています。もちろん娘からアドバイスや意見を求められた時には、自分の経験を元に一生懸命答えますし、「ママはこういうことを大事に思っていて、こういう風にありたいと思っているよ。」と自分の考えは伝えるようにしていますが、それが一方的な押し付けにならないよう、適度な距離を心がけています。
—Facebookでよく母娘デートを楽しんでいる姿をお見かけしますが、お嬢さんとはもともと仲が良い方なんでしょうか?
今でこそ仲が良いですけれど、娘が中学2年生〜高校1年生の間は、やはり多感な時期ということもあり意見がぶつかったりして大変なこともありました。
これも成長の証なんだからと頭では理解しつつも、やはり落ち込むこともありましたね。でも母娘で諦めず、時には痛みを分かち合っていくうちに、自然と状況は落ち着いていきました。どの家庭でもあることだとは思いますが、大人になるために必要な通過点だったのでしょうね。
—大変だった時期、どういう風にモチベーションを維持していましたか?
ぼんやり海を眺める、気の許せる友だちと話す、元気になれる本を読むなど、なるべくリフレッシュできる時間を作るよう心がけていました。家事も無理せず、できるときにしようと。
あとはもともと前向きな性格、というのもあるかもしれません。怒るのってものすごくエネルギーを消耗しますよね。だから私はなるべく、家族にも他人にも「求めすぎないように」しています。求めすぎると自分の思い通りにならないことに不満を感じますが、求めなければ特にそういうものだと割り切れます。
それに前向きな方が楽しいですよね。結局先のことなんて誰にも分からないんだから、「失敗するかも……」と見えない未来を心配するよりも、「きっとうまくいく!」と自分を信じてポジティブにその過程を楽しんでいれば、自分も周りも心地良いのかなと。重苦しい空気は、自分だけじゃなく周りも重くしてしまうので。良い経験を積んだ分だけ、どんどん前向きな考え方になってきた気がします。
母娘でお菓子作りをすることも多いのだとか。写真はまだ幼かったお子さんと一緒にカップケーキを作ったとき。
いつかは可愛い
カフェを開きたい
—最後に、これからの夢を教えてください。
人が集まる場が好きなので、いつかは可愛いカフェを開きたいですね。皆が癒やされたくて、自然とそこに集まってくるような。看板犬になるトイプードルもいたらいいですね。
あと私は以前、「特技がない」ことがコンプレックスだったんですが、一つの出来事をきっかけに、自分の好きを極めてそれを仕事にできるという機会をいただけたので、同じように自分の強みが分からず一歩を踏み出せずにいる女性を応援する仕事にも取り組んでみたいです。お菓子は一つのツールだと考えているので、お菓子を使った仕事にしてもそうじゃないにしても、人が笑顔になれるようなことや、場所作りをしていけたらいいなと思っています。
アイシングクッキーは波毛さんの代表的な作品の一つ
(本文おわり)
波毛えりささんから頂いた『ギフト』
1.自分は何をしたいのか、何をするためにここにいるのか。声に出す。思いを貫く。それが仕事の幅を広げてきた。
2. 子どもは別人格。自分が大事にしている考えは伝えつつも、押し付けることはしない。
3. 先のことは誰にも分からないから、見えない未来を心配しすぎるよりも、ポジティブにその過程を楽しむ。
お話を聞いて
波毛さんとは仕事を通じて知り合いになりました。高校生のお子さんがいらっしゃるとはとても思えないほど可愛らしい雰囲気と、明るい笑顔、そして何より波毛さんが作るお菓子の美しさに魅了されてしまい、自分の結婚パーティーや娘の誕生日会など大事なイベントのときには波毛さんにお願いし、いつも最高に可愛いスイーツをご用意いただいてきました。
波毛さんのお菓子作りのコンセプトは、「夢があって可愛いもの」だそうです。その言葉のとおり波毛さんが作るお菓子には、見ているだけでワクワクする要素がたっぷりで、思わず食べるのがもったいない! と思ってしまうほど(でも、食べるとビックリするほど美味しいので、結局はあっという間に食べ切ってしまうのですが……笑)。
波毛さんのスイーツはどれも素晴らしいのですが、個人的にはスムージーの色合いと見た目にいつも感動しています。いつか波毛さんのスムージーレシピ本が出たら、絶対に買いたいと思います!!!
波毛えりささんオススメの育児書&絵本
◇オススメポイント◇
女の子、女性に向けた生き方指南書。厳しさの中にも、優しい愛情を感じるメッセージがいっぱい。
勇気をもらえる一冊です。
◇オススメポイント◇
娘が小さい頃よく読み聞かせした絵本。
愛犬との交流を通して、大好きだよと日々口に出して伝える大切さを教えてくれます。
読んだ後は、愛する人に、大好きだよ、と伝えたくなります。読んだ後は、娘と大好きだよ、と言い合ってハグするのが習慣でした。
◇オススメポイント◇
娘が大好きだった絵本。
ホットケーキケーキが出来上がる様子が、お菓子作りの楽しさと、美味しさや甘い香りがが読みながらも伝わってくる内容です。
この絵本を読んだ後に、実際ホットケーキを作って、楽しんだ思い出の一冊。